「急に怒る」「帰りたい」はどうして? 認知症の周辺症状(BPSD)の原因と対応をやさしく解説 

はじめに

「急に怒りっぽくなって、どう接していいか分からない」
「『家に帰る』と何度も玄関に向かってしまい、目が離せない」
「今まで優しかったのに、別人のようで悲しい……」

認知症の介護が始まって間もない頃、
こうした突然の変化に直面すると、戸惑いと疲れが一気に押し寄せてきますよね。

そして、ご本人のためにと一生懸命なご家族ほど、心のどこかでこう思ってしまうのではないでしょうか。

「私の言い方が冷たかったのかな」
「もっと優しく接してあげなきゃいけないのに……」

頑張っているからこそ、自分の対応を振り返っては、苦しくなる瞬間があると思います。

 

「私の対応が悪いの?」と自分を責めないでください

まず最初にお伝えしたいのは、
どうかご自身を責めないでください、ということです。

急に怒る、落ち着きなく歩き回る、などの変化は、
ご家族の関わり方が悪いせいでも、ご本人の「性格が変わった」からでも、
ましてや「家族を困らせようとしている」わけでもありません。

これらは認知症の症状のひとつで、
医療や介護の世界では「周辺症状(BPSD)」と呼ばれています。

周囲からはどうしても「困った行動」に見えてしまいますが、実は違うのです。

認知症になると、少しずつ記憶が抜け落ちていくだけでなく、
「今がいつか」「ここがどこか」といった周囲の状況もつかみにくくなっていきます。

その結果、ご本人の中には
私たちが想像する以上の「不安」や「混乱」、そして「言葉にできない体のつらさ」が溜まっていきます。

つまりBPSDは、そうした満たされない思いや苦しさが、
行動としてあふれ出てしまった“SOSのサイン”なのです。

 

この記事は、正解を探すための「辞書」ではなく、心に余裕を取り戻すための「地図」です

「理由やサインだと頭ではわかっていても、毎日笑顔で対応するなんて無理……」
それが、介護のリアルな現実です。

家族だからこそ感情がぶつかることもありますし、毎日100点の対応ができる人などいません。

だからこそこの記事は、
難しい専門用語や「こうすべき」という正論を並べた「辞書」ではなく、
ご家族が現状を整理し、少しでも心に余裕を取り戻すための「地図」としてまとめました。

「どうしてこんなことをするの?」という背景(理由)に少しだけ当たりがつけられるようになると、
「あ、今は不安なんだな」「もしかして、どこか痛いのかな?」と、
今までとは違う見方や対応の糸口が見えてきます。

最初から順番に読まなくても大丈夫です。
今、目の前で起きていて一番困っている症状から読んでみてください。

そして、「家族だけでは無理かもしれない」と感じたときのために、
最新の便利なツールや、プロ(医療・介護)に頼るための目安もまとめています。

まずは少しだけ肩の力を抜いて。

ご本人の心の中で何が起きているのか、ここから一緒に紐解いていきましょう。

 

第1章|「わざと」でも「性格が変わった」わけでもありません
〜BPSD(周辺症状)とは〜

世間一般では、認知症の症状というと「もの忘れ」を思い浮かべる方が多いかもしれません。

しかし、実際に介護をしているご家族が一番困り、ヘトヘトに疲れてしまうのは、
「もの忘れそのもの」よりも、その周辺で起こる行動や感情の激しい変化であることがほとんどです。

急に不安がる、怒りっぽくなる、「帰りたい」と何度も訴える、落ち着かず歩き回る……。

これらは単なる「困った行動」ではなく、
ご本人からのサインであり、医療や介護の現場では「BPSD(行動・心理症状)」と呼ばれています。

 

「脳の直接的な変化」と「心のSOS」を分けて考える

認知症の症状は、大きく2つのグループに分けて考えると、ご本人の状態がグッと理解しやすくなります。

それが「中核症状(ちゅうかくしょうじょう)」「周辺症状(BPSD)」です。

① 中核症状(脳の細胞がダメージを受けて起こる、直接的な変化)

  • 新しいことを覚えられない(記憶障害)
  • 今がいつか、ここがどこか分からない(見当識障害)
  • 状況に合わせて順序立てて動けない(判断力の低下)など

これらは認知症という病気の「土台」となる変化です。
病気によるものなので、周囲の努力で完全に治すことは難しい部分でもあります。

② 周辺症状/BPSD(中核症状に、他の要因が「掛け合わさって」起きるSOS)

ここが一番重要なポイントなのですが、
周辺症状(BPSD)は「認知症になったら必ず出る症状」ではありません

「中核症状(記憶の抜け落ちや、場所が分からない状態)」で不安になっているところに、
体調不良や環境の変化、周囲の関わり方などが掛け合わさったときに、あふれ出るように表れる症状なのです。

「どうしてこんなことをするの?」とご本人を責めたくなる時は、
「何が掛け合わさって、こんなに不安になっているのだろう?」と視点を少し変えてみると、
解決の糸口が見つかりやすくなります。

 

昨日はうまくいったのに、今日はダメ。それは「当たり前」です

BPSDを理解するうえで、ご家族にぜひ知っておいていただきたいことがあります。

それは、「症状は人によって、そして日によって全く違うのが当たり前」ということです。

同じ「認知症」という診断名でも、不安が強く出る人もいれば、怒りっぽくなる人もいます。

さらに、同じ人であっても、以下のようなちょっとした条件で症状の出方はコロコロと変わります。

  • その日の体調(便秘ぎみ、よく眠れなかった など)
  • 時間帯(とくに夕方〜夜にかけて不安が強くなりやすい)
  • 周囲の環境(いつもより部屋が騒がしい、お客さんが来た など)
  • 声をかけたタイミング(急かされたと感じた など)

そのため、介護をしていると「昨日はうまくいったのに、
今日は全然ダメ」ということが日常茶飯事で起こります。

うまくいかなかった日、
ご家族は「私のやり方が悪かったんだ」と落ち込んでしまいがちですが、それは違います。

ご家族の対応が悪いのではなく、
BPSDとはそもそも「ちょっとした条件で波のように揺れ動くもの」なのです。

だからこそ、うまくいかない日があっても
「もっと完璧に対応しなきゃ」とご自身を追い詰める必要はありません。

「今日は疲れがたまっていたのかな」
「少し部屋が寒かったのかもしれない」

そんなふうに、「今日は何が掛け合わさっていたのかな?」と、
ご本人を取り巻く背景を振り返る視点を持てるようになれば十分です。

 

第2章|どうしてこんなことをするの?
〜よくある4つの背景(サイン)〜

周辺症状(BPSD)は、
決してご本人が「家族を困らせよう」として起こしているわけではありません。

それは、認知症による記憶の低下をベースとして、
「言葉でうまく伝えられない苦しさや不安」が限界に達し、行動としてSOSを出している状態です。

「急に怒る」「帰ろうとする」といった行動の裏には、
どのようなSOSが隠れているのでしょうか。

ここでは、どの症状にも共通して当てはまりやすい「4つの背景(サイン)」をご紹介します。

1. 【身体の不調】言葉にできない「痛み・便秘・寝不足」が隠れていませんか?

「急にそわそわして落ち着かない」
「急に怒りっぽくなった」というとき、
まず真っ先に疑っていただきたいのが「身体の不調」です。

認知症が進むと、
「お腹が痛い」「便秘で苦しい」といった体の不調を言葉でうまく伝えられなくなることがあります。

その「言葉にできない体の不快感」が、
イライラや不穏な行動として表れるのです(これを介護・医療の専門用語では「満たされないニーズ(Unmet Needs)」と呼んだりします)。

特に影響しやすいのが、以下の不調です。

  • 便秘:
    お腹の張りが、不機嫌や介護拒否の引き金になることが非常に多いです。
  • 痛み:
    ひざや腰の関節痛、虫歯の痛みなど。
    痛い場所をさすったり、顔をしかめたりしていないか観察してみてください。
  • 脱水・寝不足:
    頭がぼんやりして混乱を招きやすくなります。

「なんだか今日はおかしいな」と思ったら、
まずは熱はないか、お通じは出ているかなど、体のサインに目を向けてみてください。

2. 【心の不安】「ここはどこ?」「これから何をされるの?」という混乱

認知症によって、
「ついさっきの出来事」を忘れてしまったり、時間や場所の感覚がずれたりすると、
ご本人にとって世界は非常に「怖くて、つかみどころのない場所」になります。

私たちでも、もし言葉の通じない外国にいきなりポンと放り出されて、見ず知らずの人に腕を引っ張られたら、
パニックになって抵抗したり、安全な自分の家に逃げ帰りたくなったりしますよね。

  • 徘徊
    安心できる場所や、自分が果たすべき役割(昔の仕事や子育てなど)を探して歩き回っているのかもしれません。
  • 介護拒否
    これから何をされるか分からず、ただただ「怖い」から拒否していることがあります。
  • 暴言・暴力
    追い詰められて、自分の身を守ろうとする防衛本能の表れです。

ご本人の頭の中では「根拠のない不安」が渦巻いています。

そのため、「大丈夫だから座ってて!」と正論で説得するよりも、
まずはその不安に寄り添うことが大切になります。

3. 【環境の変化】入院、引っ越し、あるいは「夕暮れの暗さ」

ご本人にとって「見慣れた環境」は、自分が安心するための大切な命綱です。

そのため、環境の変化はBPSDを引き起こす大きな引き金になります。

  • 大きな変化:
    入院、施設への入所、家族との同居の開始、部屋の模様替えなど。
  • 日常の小さな変化:
    夕方になって部屋が暗くなる、家族が帰宅して家の中が騒がしくなるなど。

とくに夕方から夜にかけて不安が強まり、落ち着かなくなる現象は
「夕暮れ症候群」と呼ばれ、非常によく見られます。

これは、薄暗くなって視界が悪くなる不安と、1日の疲れが重なることで起こります。

ご家族は「安全のために」と同居を始めたりするのですが、
ご本人にとっては「知らない場所に連れてこられた」という恐怖に変換されてしまうことがあるのです。

4. 【周囲の関わり方】「急かされる」「否定される」ことへのSOS

認知症になると、
相手が言っている言葉の細かい意味は分からなくなっても、
「相手の感情(怒っている、焦っている)」や「その場の空気」には非常に敏感になります。

ご家族が忙しくて余裕がないとき、
つい次のような関わり方になってしまうことはないでしょうか。

  • 急かす:
    「早くして!」「まだ終わらないの?」
  • 否定する:
    「違うでしょ!」「さっきも言ったじゃない」
  • 怒る・正論で押す:
    「ちゃんとしてよ」「なんでこんなことするの」

一生懸命なご家族ほど、つい強い口調になってしまうのは痛いほどわかります。

しかし、こうした強い刺激が加わると、
ご本人の中では「責められている」「ここは危険だ」という感覚だけが増幅し、
結果としてさらに症状が悪化する……
という悪循環に陥りやすくなります。

「私のせいで悪化させているの?」と落ち込む必要はありません。

ただ、「自分の焦りや疲れは、鏡のように本人に反射するのだな」と知っておくだけで、
ふっと深呼吸して距離を取るなどの選択ができるようになります。

 

第3章|【症状別】よくある変化と、まず試したい「やさしい対応」

ここからは、ご家族が特に戸惑いやすい症状を3つのグループに分けて、対応のヒントをご紹介します。

すべての症状に共通して大切なのは、
「無理に止めよう・説得しようとする前に、まず安心を作ること」です。

今一番困っている症状から、目を通してみてくださいね。

グループ1:感情・コミュニケーションの変化

■ 不安(落ち着かない・何度も同じことを聞く)

【どうして?】
さっき言われたことや、自分が何をしようとしていたか忘れてしまい、宙に浮いたような怖さを感じています。

【やさしい対応】
「さっきも言ったでしょ」と否定せず、「大丈夫だよ」と短い言葉で受け止めます。正しい事実を説明するよりも、「私はあなたの味方だよ」という態度で接することが一番の薬になります。

👉 【詳細記事】認知症の周辺症状「不安」を読み解く――喪失体験と家族にできる支え方

■ 暴言・暴力(急に怒りっぽくなった・手が出る)

【どうして?】
状況が理解できず追い詰められたときの「防衛本能」や、便秘などの身体の痛みがイライラとして爆発していることが多くあります。

【やさしい対応】
まずはご家族の安全確保が最優先です。売り言葉に買い言葉で正面からぶつからず、スッとその場を離れて距離を置きます。興奮している時に説得しても逆効果なので、時間が経って本人が落ち着くのを待ちましょう。

👉 【詳細記事】なぜ認知症になると怒りっぽくなるの?暴言・暴力の裏にある「脳の変化」と、長引かせない声かけの基本

■ もの盗られ妄想(「財布を盗んだ」と疑われる)

【どうして?】
自分でしまった場所を忘れてしまったという記憶の抜け落ちと、「大切なものを失うかもしれない」という喪失感や不安が合わさって起きます。身近でお世話をしてくれる家族がターゲットにされやすいという、つらい特徴があります。

【やさしい対応】

「盗ってない!」と反論すると、本人は「泥棒が逆ギレした」と受け取ってしまいます。「なくなったの? 心配だね」と一旦気持ちを受け止め、「一緒に探す」という味方のスタンスをとることがポイントです。

👉 【詳細記事】認知症の「もの盗られ妄想」はなぜ起こる? ――「財布を盗んだ」と責められた家族が知っておきたい対応の基本

■ 抑うつ・アパシー(元気がない・何もしようとしない)

【どうして?】
自分でも「できなくなってきた」ことに気づいて自信を失っていたり、脳の働きが低下して自分から動き出すスイッチが入りにくくなっていたりします。

【やさしい対応】
 「頑張って!」「元気出して」と無理に励ましたり、怠けていると叱ったりするのは禁物です。洗濯物をたたんでもらうなど、失敗しにくい「小さな役割」をお願いして、自信を取り戻すきっかけを作ってみてください。

👉 【詳細記事】「どうして動かないの?」と悩む家族へ。認知症・アパシー(自発性の低下)を和らげる生活リハビリ

グループ2:行動の変化

■ 帰宅願望(「家に帰りたい」と外に出ようとする)

【どうして?】
今いる場所が自分の家だと認識できず、「昔安心できた場所(昔の家や職場)」に帰ろうとしています。夕方など、心細くなる時間帯に多く見られます。

【やさしい対応】
「ここが家でしょ!」と説得しても納得できません。「帰りたくなっちゃったのね」と気持ちに寄り添いつつ、「外は暗いから、お茶を一杯飲んでからにしようか」「このテレビ番組が終わったら行こうか」と、別のことに気をそらして時間稼ぎをするのがコツです。

👉 【詳細記事】認知症の「帰りたい」は不安のサイン ――帰宅願望が起こる理由と、安心につながる関わり方

■ 徘徊(目的なく歩き回る・出て行ってしまう)

【どうして?】
本人の中では目的なく歩いているわけではなく、「トイレを探している」「仕事に行かなきゃ」など、何らかの理由があって行動しています。

【やさしい対応】
危険がない限り、無理に止めずに少し一緒について歩いてみるのも一つの手です。歩きながら「どこに行こうとしているのかな?」と観察すると、理由が見えてくることがあります。どうしても目が離せない時は、地域の見守りネットワークやGPSなどの活用も検討しましょう。

👉 【詳細記事】認知症の「徘徊」はなぜ起こる? 行方不明を防ぐための原因理解と対応・対策ガイド

■ 幻視・幻覚(「見えないものが見える」「誰かいる」と言う)

【どうして?】

見えたものを脳で正しく処理する機能が低下することで起きます。ご家族には見えなくても、ご本人の目には「本当に見えている」状態です。

【やさしい対応】
 「誰もいないよ、おかしいんじゃない?」と否定せず、「本当だね、あそこにいるね」「虫がいて怖かったね」と、見えている世界を一旦肯定してあげてください。不安に寄り添うと、幻視があっても落ち着いて過ごせるようになります。

👉 【詳細記事】【認知症の幻視】「虫がいる」「誰かいる」と言われたら? 家族がラクになる対応と最新の知見

グループ3:日常生活の困りごと

■ 介護拒否(お風呂や着替え、薬を嫌がる)

【どうして?】
認知症になっても「自尊心」や「恥ずかしい」という感情はしっかりと残っています。「お世話される(=できない人扱いされる)」ことへのプライドの傷つきや、これから何をされるか分からない恐怖が拒否につながります。

【やさしい対応】
嫌がっている時は無理強いせず、「じゃあ後でね」と一度サッと引き下がるのが一番です。時間を置いてから声をかけ直したり、別の家族から声をかけたりすると、すんなり受け入れてくれることがよくあります。

👉 【詳細記事】認知症の介護拒否、単なる「わがまま」に見える行動の裏にあるもの ――理由を知る安心の関わり方

■ 昼夜逆転(夜眠らず、昼間うとうとしている)

【どうして?】
日中の活動量が減ったり、体内時計が乱れたりすることで、夜に眠れなくなっています。

【やさしい対応】
夜だけなんとかしようとするのではなく、「朝と昼の過ごし方」を変えるのがポイントです。朝起きたらカーテンを開けて太陽の光を浴びる、日中はデイサービスを利用して体を動かすなど、1日のリズムを整えましょう。

👉 【詳細記事】認知症の“昼夜逆転”はなぜ起こる?──体内時計の乱れと家族ができるケア

■ 失禁(トイレの失敗)

【どうして?】
尿意を感じにくくなったり、トイレの場所がわからなくなったり、ズボンを下ろすのに時間がかかって間に合わなかったりすることが原因です。ご本人も深く傷ついています。

【やさしい対応】
「どうして漏らしたの!」と叱ったり、恥をかかせたりしないことが大切です。トイレのドアにわかりやすい目印を貼る、脱ぎ着しやすいゴムズボンにするなど、本人が失敗しにくい環境づくりに目を向けてみてください。

👉 【詳細記事】認知症の失禁は「意思の問題」ではない。脳のブレーキとトイレまでの4つの壁【老年医学の視点】

■ 異食(食べ物ではないものを口にしてしまう)

【どうして?】
食べ物とそうでない物の区別がつかなくなったり、食べたことを忘れて空腹を感じたりすることで起こります。

【やさしい対応】
言葉で注意しても防ぐのは難しいため、「危険なものを手の届くところに置かない(目につかない場所に隠す)」という物理的な環境づくりが最優先の対策になります。

👉 【詳細記事】認知症の異食は「わざと」ではありません ――なぜ起こるのか、命を守るために知っておきたい視点

 

第4章|家族が壊れてしまわないために。
限界が来る前の「SOSの出し方」

ここまで、BPSDの背景や対応のコツをお伝えしてきました。

しかし、実際の介護の現場では、
「頭ではわかっているのに、どうしても優しくできない」という日が必ずあります。

「つい怒鳴ってしまって、あとで自己嫌悪で泣いてしまう」
そんなつらい思いを抱えているのは、あなただけではありません。

この章では、ご家族が心身を壊してしまわないために、
絶対に知っておいていただきたいことをお伝えします。

 

「うまく対応できない日」があって当然です

認知症の方は、言葉の意味が分かりにくくなる分、
相手の「声のトーン」や「その場の空気」を読み取る天才になります。

ご家族が寝不足だったり、
不安やイライラを抱えて「もう限界!」と追い詰められていたりすると、
そのピリピリした空気は鏡のようにご本人に伝わり、
結果としてBPSD(不安や怒り、拒否など)がさらに悪化しやすくなります。

つまり、ご家族がしっかり休んで心に余裕を持つことは、
ご本人を落ち着かせるための「一番の特効薬」なのです。

「毎日笑顔で完璧に対応しよう」と思う必要はありません。

「今日は疲れすぎているから、最低限のことだけして休もう」
と、うまく手抜きをする日を作ってください。

 

テクノロジー(CareTech)に頼って「物理的に」楽をする

現代は、家族の頑張りや根性だけで介護をする時代ではありません。

介護の負担を減らす便利なテクノロジー(CareTech)は、
どんどん身近になっています。

「機械に頼るなんて冷たい?」と罪悪感を持つ必要は全くありません。

  • 徘徊が心配なとき:
    いつも履いている靴に内蔵できる小型GPSや、
    玄関が開くとスマホに通知が来るセンサーを使えば、ご家族も安心して眠れます。
  • 夕方からの不穏(夕暮れ症候群)や昼夜逆転に:
    時間帯に合わせて自動で明るさや色が変わる「スマート照明」を導入するだけで、
    生活リズムが整い、夕方の混乱がピタッと治まるケースもあります。
  • 一人で留守番中の不安に:
    簡単な会話ができる見守りロボットやスマートスピーカーが話し相手になることで、
    ご本人の孤独感が和らぐこともあります。

こうしたツールは、家族の負担を減らすだけでなく、
ご本人の「見張られている」というストレスを減らし、尊厳を守ることにもつながります。

 

“様子見”は危険! すぐに医療・介護に相談すべき5つのサイン

BPSDは、工夫次第で落ち着くことも多いですが、
「家族の力だけではどうにもならない時」があります。

以下のようなサインがあるときは、
「認知症だから仕方ない」と様子見をせず、すぐに医療や介護のプロに助けを求めてください。

  1. 急激な変化があったとき:
    昨日まで普通だったのに「急激に」怒りっぽくなった、混乱しているという場合は、
    隠れた病気(感染症や脱水など)のサインかもしれません。
  2. 身体の不調(発熱、痛み、便秘など)があるとき:
    痛みを言葉で伝えられずBPSDとして表れている場合、
    お薬で身体の不調を取り除くことが最優先です。
  3. 家族の「睡眠不足」が3日以上続いたとき:
    夜間の徘徊やトイレ介助などで家族が眠れない状態は、共倒れの赤信号です。
  4. 暴言・暴力が強く、身の危険を感じるとき:
    家族の頑張りで乗り切る範囲を超えています。
    専門的なお薬の調整などが必要です。
  5. 家族が「もう限界」と感じて涙が出るとき:
    「イライラしてご本人に手を上げそうになる」
    「気力が出ない」
    といったご家族のSOSは、すぐに相談窓口へ駆け込むべき立派な理由です。

 

ひとりで抱え込まないための「相談先ガイド」

限界を迎える前に、以下の窓口にどんどん頼ってください。

「相談=ご本人を見捨てること」では決してありません。
今の暮らしを長く続けるための「チーム作り」です。

  • 地域包括支援センター:
    まだ介護保険を使っていない方の「最初の駆け込み寺」です。
    どこに相談していいか分からない時は、まずお住まいの地域のここへ電話してください。
  • かかりつけ医:
    体調不良が隠れていないかの確認や、必要に応じて認知症の専門医を紹介してくれます。
  • ケアマネジャー(介護支援専門員):
    すでに介護保険を使っている場合の心強い味方です。
    「最近、こんなことで困っていて私がつらいです」と率直に伝えてください。
  • デイサービス・ショートステイ:
    ご本人のためだけでなく、
    「ご家族が自分の人生を休む(レスパイトケア)」ための当然の権利として、積極的に活用してください。

 

まとめ|「困った行動」は、言葉にできないつらさのサイン

認知症の周辺症状(BPSD)は、「困った行動」ではなく、
不安や混乱、体の不調などを言葉でうまく伝えられないご本人の「SOSのサイン」です。

「どうしてこんなことをするの?」と戸惑ったときは、ぜひこの記事(地図)に戻ってきてください。

  1. 「わざと」でも「性格が悪くなった」わけでもないことを思い出す
  2. 背後にある「4つのサイン(体調・不安・環境・関わり方)」を探ってみる
  3. 無理に説得せず、まずは「安心」を届ける
  4. 家族だけで抱え込まず、テクノロジーやプロの力を借りる

この4つを心に留めておくだけで、目の前の景色は少しずつ変わってくるはずです。

介護は、先が見えない長距離マラソンです。

ご本人にとって一番の安心は、「ご家族が心からの笑顔でいられる時間があること」。

どうかご自身の心と体を一番大切にしながら、
周りの人をたくさん頼って、この道を歩んでいってくださいね。

上に戻る