認知症の「帰りたい」は不安のサイン ――帰宅願望が起こる理由と、安心につながる関わり方 

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🌱 はじめに|「家に帰りたい」は、わがままではありません

「家に帰りたい」

いま、お家のリビングにいるのに

『帰りたい』と言われたら、どうしていいか分からなくなりますよね。

何度、ここが家だと説明しても同じことを訴えられると、
「どうしてわかってくれないのだろう」
「何と声をかければいいのだろう」
と、家族の心がすり減ってしまうことも少なくありません。

 

けれど、認知症の方が口にする「帰りたい」という言葉は、
単に場所としての家を指しているわけではないことが多いのです。

そこにあるのは、
「ここはどこだろう」
「私は安全なのだろうか」
「誰かがそばにいてくれるだろうか」
といった、言葉にならない不安や混乱です。

記憶や時間の感覚が揺らぎ、周囲の状況がつかめなくなったとき、
人は誰でも、かつて安心できた場所や役割を思い浮かべます。

認知症の方にとっての「帰りたい」は、
安心できる居場所を探す心のサインなのです。

このブログでは、
認知症の方がなぜ「帰りたい」と訴えるのか、
その背景にある不安の構造をひもときながら、
家族や介護者ができる「安心につながる関わり方」をお伝えしていきます。

正解を探すためではなく、
少しでも気持ちが軽くなるヒントを見つけるために。


そんな視点で、読み進めていただけたらと思います。

🟦 第1章|帰宅願望とは何か――「自宅なのに帰りたい」という不思議と、脳の仕組み

認知症の方が訴える「家に帰りたい」という言葉。

 

いま、まさに長年暮らしてきた自宅のリビングにいるのにそう言われると、

どう対応してよいか分からなくなってしまいますよね。

 

けれど、医学的・心理的に見ると、
この「帰宅願望(きたくがんぼう)」は、

“場所”を探しているのではなく、

“安心”を求めて心が SOS を出している状態であることが多いと考えられています。

「ここが家だよ」が通じない理由

 

認知症が進むと、記憶の障害とともに、
専門用語で「見当識障害(けんとうしきしょうがい)」と呼ばれる症状が出始めます。

 

これは医療の難しい言葉ですが、
簡単にいうと「時間や場所の“迷子”になってしまう状態」のことです。

  • 自分がどこにいるのか分からない
  • 周りの人の顔が、自分の知っている顔(若かった頃の姿など)と一致しない
  • 今が「いつ」なのか判断できない

 

これらが重なると、
本人にとっては「突然、知らない場所にポツンと置き去りにされた」ような、
ものすごい恐怖と孤独感が生まれます。

 

このとき、いくら
「ここは自宅ですよ」
「さっきも説明したでしょ」
と伝えても、

その説明自体を記憶しておくことが難しいため、不安は解消されません。

 

むしろ、「分からない自分」を突きつけられたように感じてしまい、さらにパニックになってしまうこともあるのです。

 

本人の中の時計が、30年、40年前に巻き戻っている

 

認知症には、「新しい記憶から消えていき、

古い記憶のほうが長く残る」という特徴があります。

 

そのため、本人の中の時計が、

  • ガラケーもスマホもなかった、若くてバリバリ働いていた時代
  • 毎日必死に子育てをして、夕方は台所で夕飯を作っていた時代

といった、
「自分が一番元気で、安心していた時代の記憶」まで巻き戻っていることがよくあります。

 

本人の中では、
その「何十年も前の家」こそが本当の居場所であり、
現在の住まいは、たとえ長年暮らしてきた自宅であっても、
「ここは私の家ではない」「知らない場所だ」と感じられてしまうのです。

 

「帰りたい」は、あなたを困らせるための行動ではない

 

ここで一番知っていただきたいのは、
帰宅願望を

「困った行動」「止めなきゃいけない症状」とだけ捉えないことです。

 

「帰りたい」という言葉の裏には、

  • 「今の状況が分からなくて、すごく怖いよ」
  • 「私が私でいられた、あの安心できる場所に守られたい」

という、本人からの必死のメッセージが隠されています。

 

そのサインを、

家事で忙しい毎日のなかでどう受け止め、どうかわしていくか。

 

次の第2章では、
この「わからない恐怖」を抱える本人の心の中を、もう少し詳しくのぞいてみましょう。

 

🟩 第2章|「帰りたい」の奥にある不安の正体――認知症の方の心の中で起きていること

帰宅願望の背景にあるのは、
「家に戻りたい」という単純な希望ではありません。

その根底には、
自分の状況が分からないことから生じる強い不安があります。

認知症の方が感じている不安は、
私たちが日常で感じる不安とは、少し質が異なります。

「わからない」ことが続く不安

 

認知症では、次のような状態が重なって起こります。

  • ここがどこなのか分からない
  • なぜ自分がここにいるのか分からない
  • 周囲の人が誰なのか分からない
  • これから何が起こるのか予測できない

これは、
言葉も通じない知らない海外の空港に、1人でポツンと残されたような感覚です。

この「わからない状態」が続くと、
人は本能的に、いちばん安全だった場所を思い浮かべます。

それが、
認知症の方にとっての「家」なのです。

不安は言葉ではなく「行動」で表れる

 

認知症が進むと、
自分の気持ちを言葉で整理したり、
「私は不安です」と説明したりすることが難しくなります。

その代わりに、不安は

  • 落ち着きなく歩き回る
  • 同じ言葉を繰り返す
  • 「帰りたい」「迎えに来てほしい」と訴える

といった行動や言葉の形で表れます。

帰宅願望は、
不安を訴えるための“数少ない表現手段”でもあるのです。

「安心できた記憶」に引き戻される心

 

不安が高まると、

人は過去の安心できた記憶に戻ろうとします。

認知症の方の場合、

  • 家族として役割を果たしていた時代
  • 誰かを世話していた頃
  • 生活の流れがはっきりしていた時期

といった、
「自分が自分でいられた記憶」が前面に出やすくなります。

その結果、

「ご飯を作らなきゃいけない」
「子どもが待っている」
「早く帰らないといけない」

といった訴えが生まれます。

これは事実の記憶というより、
役割や安心感の記憶に引き戻されている状態と考えられます。

不安は、関わり方で強くも弱くもなる

 

ここで重要なのは、
帰宅願望そのものよりも、
そのときの不安がどれくらい強まっているかです。

  • 否定される
  • 急かされる
  • 理由を問い詰められる

こうした関わりは、
「わかってもらえない」という感覚を生み、
不安をさらに増幅させてしまいます。

一方で、

  • 気持ちに共感される
  • 落ち着いた声で対応される
  • 安全で予測しやすい環境が保たれる

こうした関わりは、
帰宅願望そのものが消えなくても、
不安の強さを和らげる効果があります。

「帰りたい」は、安心を求めるサイン

 

帰宅願望は、
問題行動でも、わがままでもありません。

それは、

  • 安心したい
  • 混乱から抜け出したい
  • 誰かに守られていたい

という、とても人間らしい反応です。

次の章では、
この不安を和らげるために、
家族や介護者ができる具体的な関わり方を、
実践的な視点で整理していきます。

🟨 第3章|否定しない・止めない――今夜から試せる「会話のコツ」と「切り替え技」

 

「家に帰りたい」と言われたとき、
多くのご家族が最初に思うのは、
「どう説明すれば納得してくれるだろう」
「とにかく外に出さないようにしなければ」
ということかもしれません。

 

けれど、帰宅願望が起こるのは、

本人の心の中に強い不安や混乱があるからです。

 

そのため、大切なのは

「正しいことを説明して納得してもらう」ことではなく、

「まずは安心させてあげること」です

 

忙しい夕方に何度も同じことを言われると、
つい正論で返したくなりますが、

ぐっとこらえて本人の気持ちに目を向けてみましょう。

 

「否定しない」が基本になる理由

 

まずは事実の訂正を急がない、これが鉄則です。

 

【つい言いがちなNG例】

「ここがあなたの家でしょ!」
「さっきも説明したじゃない!」

 

【安心を届けるOK例】

「お家に帰りたいんですね。何か心配なことでもあるのかな?
「そっかぁ、何か気になることでもあるの?

 

💡 ワンポイント:
理由を問い詰めるのではなく、

「あなたのことを気にかけているよ」

という気持ちを込めて、優しく声をかけてみてください。

もし本人がうまく答えられなくても、

「そっかそっか」と相槌を打つだけで安心感につながります。

 

「止める」より「流れを変える」2つのワザ

 

無理に引き止めようとすると、正面衝突のケンカになってしまいます。

 

そこで有効なのが、

家事の忙しさを逆手に取った「役割シフト(お手伝い)」「エスケープ技」です。

 

ワザ①:目の前の家事を少し切り出す(役割シフト)

「帰らなきゃ」という訴えの多くは、

「何か仕事をしなきゃ、役割を果たさなきゃ」という焦りから来ています。

「今ここで自分が必要とされている」と感じることで、驚くほど落ち着くことがあります。

 

  • 「ご飯を作らなきゃ」と言う時:
    「お母さん、さすが手際が良いから助かります! 隠し味にこれを揉み込んでもらえますか?」
    「おしぼりを5枚、畳むのを手伝ってくれませんか?」
  • 「仕事に行かなきゃ」と言う時:
    「今日の分の書類(チラシなど)を細かくちぎる作業をお願いできますか?」

 

ワザ②:とりあえず一緒に玄関を出てみる(エスケープ技)

どうしても室内での声かけだけで落ち着かない時は、

否定せず「じゃあ、帰りましょうか」と一緒に上着を着て玄関を出てしまいます。

 

ただし本当に帰るのではなく、「近所を5分だけ散歩する」

あるいは「『あ、ゴミを出すのを忘れたので、ちょっと付き合ってもらえますか?』と外の空気を吸う」のです。

 

外の空気に触れて少し歩くことで脳のスイッチが切り替わり、

家に戻った時には「ただいま」と自然にリビングに入ってくれることがよくあります。

 

うまくいかない日があっても、怒っちゃってもいい

 

帰宅願望への対応には、

「これをすれば絶対に100点」という正解はありません。

 

同じ関わりでも、

うまくいく日もあれば、いかない日もあります。

 

家事や育児、仕事に追われていれば、

つい「いい加減にして!」と怒鳴ってしまう日があって当然です。

自分を責める必要はまったくありません。

 

「お互いに疲れてるんだな」と割り切って、次の機会にまた少し試してみる。

それくらいの引き算の気持ちで向き合っていきましょう。

 

🟦 第4章|夕方・夜に強まる帰宅願望――「魔の夕方4時」を乗り切る先手と手抜き

「日中は比較的落ち着いているのに、夕方になると急に『帰りたい』が始まる」

こうした声は、自宅で介護する方から特に多く聞かれます。

 

お米を研いで、夕飯のメニューを考えて、バタバタと家事に追われ始める「魔の夕方4時」。

 

まさにそのタイミングで、

後ろから「そろそろ失礼します」「子どもが待っているから」と言われる……。

 

これは偶然ではなく、

時間帯によって本人の不安が強まりやすい理由があるのです。

 

夕方は「不安が重なりやすい時間帯」

 

夕方から夜にかけては、

認知症の方にとっていくつもの負担が同時に重なります。

 

  • 日中の疲れがたまっている
  • 日没で外が暗くなり、部屋に不気味な影が増える(視覚情報の減少)
  • 周囲の人が夕飯の支度などで慌ただしく動き、生活音や雰囲気が変わる

 

医療の世界では、

この時間帯に不安や混乱が増強することを「夕暮れ症候群」と呼ぶこともあります。

 

夕方の先手を打つ3ステップ

 

本人のソワソワが始まってから対応するのは大変です。

まだ比較的落ち着いている「15:30〜16:00頃」の段階で、あらかじめ安心の環境をセットしてしまいましょう。

ステップ 15:30〜16:00頃にやること その目的と効果
1

カーテン&全灯
外が薄暗くなる前に、

カーテンを閉めて

部屋の電気をすべて一番明るくする。

部屋の中に不気味な影ができるのを防ぎ、

夕方の「ザワザワ感」を予防します。

2

お茶・おやつタイム
本人が好きなお茶とお菓子(少しつまめるもの)を出す。 小腹が空くことによるイライラを解消し、

脳に「今は休憩の時間」と認識させます。

3

お気に入りのテレビ
昔の歌番組や、本人が好きな録画番組、YouTubeの懐メロなどを流す。 ニュースの速報音や夕方の慌ただしいワイドショーは、不安を煽る原因になるため避けます。

 

夕方の「帰りたい」が出そうな日は、家事を全力で手抜く

 

夕方の「帰りたい」攻撃に笑顔で付き合うためには、

あなたのエネルギーを温存しておく必要があります。

 

「今日はちょっと怪しいな」

「なんだかソワソワしているな」と感じたら、

夕飯作りの手を思いっきり抜きましょう。

 

お惣菜でも、冷凍食品でも、デリバリーでも大正解。

手抜きではなく、「穏やかな時間を買うための攻めの選択」です。

 

「キッチンに立つ30分」を

「本人の話を聴く、または一緒にテレビを見る15分」に充てたほうが、

結果として夕方以降の時間が穏やかに流れることもあります。

 

「今は脳が混乱しやすい時間帯なんだな」

と理解するだけでも、関わり方に少し余裕が生まれます。

 

🟩 第5章|家族だけで抱え込まないために――支援と専門家につなぐという選択

帰宅願望が続くと、
家族や介護者の心身の負担は、少しずつ、確実に積み重なっていきます。

「自分がもう少しうまく対応できれば…」
「家族のことだから、私が頑張らなければ…」

そう思ってしまう方ほど、
知らず知らずのうちに限界を超えてしまうことがあります。

けれど、認知症の帰宅願望は、
家族の努力だけで完全に解消できるものではありません

だからこそ、「支援につなぐ」という選択は、
逃げでも、手抜きでもなく、大切なケアの一部なのです。

「支援につなぐ」は、ご本人の安心にもつながる

 

家族が疲れきってしまうと、
声かけがきつくなったり、表情がこわばったりしてしまいます。

それは、本人にとっても不安を強める要因になります。

反対に、

  • 家族に少し余裕がある
  • 誰かと役割を分け合えている

という状態は、
本人の安心感を支える土台になります。

支援を使うことは、
「本人のため」「家族のため」
その両方につながるのです。

介護サービスは「困ってから」ではなく「困りそうな時点」で

 

多くの方が、
「まだ大丈夫だから」
「もう少し頑張ってから」
と支援の利用を後回しにしがちです。

しかし実際には、

✅帰宅願望が頻繁になってきた

✅夕方以降の対応がつらくなってきた

✅家族の睡眠や生活が乱れ始めている

 

こうした段階こそ、
支援につなぐ良いタイミングです。

代表的な選択肢としては、

  • デイサービス
  • ショートステイ
  • 訪問介護
  • 地域包括支援センターへの相談

などがあります。

「全部を任せる」のではなく、
「一部を預ける」だけでも、
負担は大きく変わります。

医療につなぐことで見えてくることもある

 

帰宅願望が強い場合、
背景に次のような要因が隠れていることもあります。

  •  不安や抑うつ
  •  せん妄
  •  痛みや身体的不調
  •  睡眠障害
  • 薬の影響

こうした要因は、
家族だけでは判断が難しいことも少なくありません。

医師に相談することで、

  • 治療や調整が必要な状態か
  • 環境調整や関わり方で対応できるか

を整理することができます。

「薬を増やすため」ではなく、
状態を正しく把握するための受診
という視点で考えてみてください。

「相談していい」という許可を、自分に出す

 

介護をしていると、
どうしても「自分が我慢すればいい」と思ってしまいがちです。

けれど、
つらいと感じている時点で、
それはもう十分に相談していい状況です。

  • ケアマネジャー
  • 地域包括支援センター
  • 医療機関
  • 介護経験のある人

どこからでも構いません。

誰かに話すことで、
「一人で抱えていた重さ」が
少しだけ軽くなることがあります。

帰宅願望への対応は、
完璧である必要はありません。

その人らしさを守るために、
そして、関わる人自身を守るために、
支え合う選択肢があるということを、
ぜひ覚えておいてください。

🌱 まとめ|「帰りたい」は、不安のサイン――安心を積み重ねる関わりへ

認知症の方が口にする
「家に帰りたい」という言葉。

それは、
わがままでも、困らせようとしているわけでもありません。

その背景には、

  • 今どこにいるのかわからない不安
  • 周囲の状況がつかめない混乱
  • 安心できる居場所を求める気持ち

といった、言葉にならない心の揺れがあります。

「帰りたい」という訴えは、
場所そのものではなく、
安心・安全・つながりを求めるサインなのです。

だからこそ、
現実を正そうとするよりも、
気持ちに寄り添い、安心感を届ける関わりが大切になります。

否定せず、責めず、
「そう感じているんですね」と受け止めること。


それだけでも、不安が和らぐことがあります。

また、帰宅願望は、
夕方や夜など、]

特定の時間帯に強まりやすい症状でもあります。

生活リズムや環境を整え、
予測できる一日をつくることは、
本人にとって大きな安心につながります。

それでも、
家族だけで抱えきれなくなることは、決して珍しくありません。

支援や専門家につながることは、
「できないから頼る」のではなく、
よりよい関わりを続けるための選択です。

介護する人が守られてこそ、
その安心は、認知症の方にも伝わっていきます。

完璧な対応を目指さなくて大丈夫です。


うまくいかない日があっても、
それは誰かのせいではありません。

「帰りたい」という言葉の奥にある不安に気づき、
小さな安心を、ひとつずつ積み重ねていく。

その積み重ねが、
その人らしさを守るケアにつながっていきます。

どうか、関わるあなた自身も、
ひとりで抱え込まずにいてください。

📘 関連記事|理解を深めるためのステップ別ガイド

「帰りたい」という訴えは、突然あらわれるものではありません。
不安が芽生え、行動にあらわれ、生活全体に影響し、
それを支える家族の心にも負担がかかっていきます。
気になる段階から、順に読み進めてみてください。

 

行動だけを見ると、対応は苦しくなります。
背景にある不安や生活の変化を知ることで、
ご本人にも、支える側にも、少し余白のある関わり方が見えてきます。

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