認知症の実行機能障害とは?――「段取りができない」理由と、今日からできる家族の支え方

はじめに
「料理を始めたのに、途中で別のことを始めてしまう」
「仕事や家事の優先順位がつけられず、フリーズしてしまう」
「スマホや家電の操作を前に、何をしていいか分からず手が止まる」
そんな“段取りの崩れ”が続くと、家族はつい、
「やる気がないのかな」
「前はパパッとできていたのに、どうして?」
「ちゃんとしてよ」
と思ってしまうことがあります。
そして、ついイライラして強い口調になってしまい、あとで自己嫌悪に陥る……
というご家族も少なくありません。
でも実は、こうした変化は、怠けや性格の問題ではありません。
認知症で見られる 「実行機能障害」 という脳の働きの変化が関係していることがあります。
実行機能とは、簡単に言えば
「計画を立てて、順番を決めて、始めて、途中で切り替え、最後までやり切る」ための力です。
この“段取りの力”が弱くなると、
本人は「わざと」やっていないにもかかわらず、
何をどう進めればいいのかが分からなくなり、途中で止まったり、混乱したりします。
そして厄介なのは、
本人が困っていても、うまく言葉にできないことが多い点です。
その結果、家族の側からは
「サボっている」「言えばできるはず」という感じに見えてしまい、
お互いに苦しくなりやすいのです。
この記事では、最近の知見や多様なライフスタイルも踏まえながら、
以下の内容を順を追ってわかりやすくまとめます。
- 実行機能障害とは何か(やさしい整理)
- 日常で起こる“段取りの崩れ”(高齢者だけでなく若年性で気づくサインも)
- 記憶障害や判断力低下との違い(混ざりやすいポイント)
- 逆効果になりやすい関わり(つい怒ってしまう自分を責めないために)
- 家族ができる支え方(デジタルツールを使った「外付け」と成功体験の守り方)
- 医療・介護につなぐ目安(限界が来る前に「離れる」選択肢)
「うちの困りごとは、これなのかもしれない」 そう感じた方が、
今日から少しだけ肩の荷を下ろし、本人も家族もラクになるヒントになれば幸いです。
認知症の実行機能障害は、「計画→開始→順番→切り替え→終える」という“段取りの力”が弱くなることで起こります。
その結果、途中で止まる・複数のことができない・何から手をつければいいか分からないといった困りごとが、生活の中で目立ってきます。
イライラしてしまうのは家族のせいではありません。
責めるほど悪化しやすいので、ポイントは「できるようにする」より「迷わない仕組みを作る」こと。
家族の負担も軽くなる工夫を、ここから一緒に整理していきましょう。
第1章|実行機能障害とは?「段取りの力」が弱くなる状態
実行機能障害は、
認知症で見られることのある「中核症状」のひとつです。
一言でいうと、
段取りを組み立てて、行動を最後まで進める力が弱くなる状態です。
前述したように、家族からすると
「やればできるはずなのに、なぜやらないの?」と感じやすいのですが、
本人の中では
“わざとやっていない”のではなく、進め方が分からず固まっていることが少なくありません。
ここでは、
実行機能障害で何が起きているのかを、
できるだけわかりやすく整理します。
実行機能=「計画→開始→順番→切り替え→終える」力
実行機能は、
私たちが日常生活を回すために使っている“司令塔”のような働きです。
具体的には、次のような力の組み合わせです。
- 計画する:何をどの順番でやるか決める
- 開始する:やるべき行動を始める
- 順番を守る:手順を飛ばさず進める
- 切り替える:途中で状況に合わせて次へ移る
- 終える:区切りをつけて片付けまで行う
たとえば
「料理をする」という行動ひとつでも、実行機能はたくさん使われています。
献立を決める
→ 冷蔵庫を見る
→ 足りないものを考える
→ 調理を始める
→ 火加減を見る
→ 途中で洗い物を挟む
→ 盛り付ける
→ 片付ける
こうした“流れ”をまとめて動かしているのが実行機能です。
実行機能障害があると、
この流れのどこかでつまずきやすくなります。
その結果、
途中で止まる・別のことに移って戻れない・終われないといった困りごとが起こります。
なぜ認知症で起こるのか(脳の連携が弱くなる)
実行機能は主に、
脳の前頭葉を中心としたネットワーク(脳の連携)で支えられています。
認知症では、病気のタイプや進行の程度によって差はありますが、
この“連携”が弱くなることで、次のようなことが起こりやすくなります。
- 情報をまとめにくい
- 優先順位をつけにくい
- 手順の見通しが立ちにくい
- 切り替えが苦手になる
つまり、本人の意志や努力の問題というより、
「考えをまとめて行動に移す回路がうまく働きにくくなっている」状態です。
ここを理解すると、家族の関わり方が変わります。
“叱って動かす”のではなく、
“迷わない仕組みをつくる”方向に切り替えやすくなるからです。
「やる気がない」のではなく「選べない・進められない」ことがある
実行機能障害があると、
本人の中ではこんな感覚が起こりえます。
- 何から始めればいいか分からない
- 頭の中がごちゃごちゃして動けない
- 途中で別の情報が入ると切り替えられない
- 失敗が怖くて手が止まる
- 疲れやすく、途中で投げ出したくなる
ただし、本人はそれをうまく言語化できないことも多いため、
家族からは「やる気がない」「適当にやっている」に見えてしまうことがあります。
だからこそ、責めるほど悪循環が起こりやすいのです。
家族が急かす/叱る
⇒ 本人は焦って混乱する
⇒ さらに失敗が増える
⇒ 自信がなくなり、ますます動けなくなる
この悪循環を断つためには、
実行機能障害を「性格」ではなく「脳の働きの変化」として捉え、
手順を外付けする(仕組み化する)視点がとても重要になります。
実行機能障害は、「やる気がない」「サボっている」ということではなく、“段取りの力”が弱くなって起こる変化です。
計画→開始→順番→切り替え→終えるという流れがうまくつながらないため、途中で止まったり、別のことに移って戻れなくなったり、「最後までやり切れない」ことが起こりやすくなります。
ここで大切なのは、叱って動かすことよりも、迷わない仕組みを先に整えること。
家族が「手順を外付けしてあげる」視点を持つと、本人も家族もラクになりやすくなります。
第2章|家族が気づきやすいサイン:日常で起こる「段取りの崩れ」
実行機能障害は、病院の検査結果よりも先に、
日常生活の中の“段取りの崩れ”として気づかれることが多い症状です。
ここで大切なのは、
「できない」という結果だけを見るのではなく、
どこでつまずきやすいのか(段取りのどの部分が弱くなっているのか)を知ることです。
つまずくポイントがわかれば、その後の支え方も選びやすくなります。
家事・料理:手順が続かない/同じ作業を繰り返す
家事や料理は、実行機能がたくさん必要な作業です。
そのため、段取りの変化が早めに表れやすい領域でもあります。
- 料理を始めたのに、途中で別の作業に移って戻れない
- 「次に何をするか」がつながらず、キッチンで止まってしまう
- 片付けを始めても途中で止まり、物が出たままになる
- 同時に複数の工程(煮る+切る+洗う)が組めず、混乱する
家族からは「注意散漫」に見えることがありますが、
実際には“手順の組み立て”や“別の作業からの切り替え”が脳の負担になっていることが少なくありません。
買い物・外出:準備の順序がわからない/選びきれない
外出には「何を持つ」「何から準備する」「どの順で動く」
を頭の中で組み立てるという、見えない段取りがたくさんあります。
💡出かける直前に:
「財布・鍵・スマホ・マスク」など、
持ち物をそろえる優先順位がつけられず、同じところを行ったり来たりする。
「出発する」までの工程(靴を履く→鍵→バッグ→戸締まり)がつながらず、何度もやり直す。
💡買い物で:
目的はあるのに売り場を回る順番が定まらず疲れてしまう。
たくさんの商品の中から必要な物を選びきれない。
仕事・趣味・複雑な機器操作(若年性や初期に見られやすいサイン)
仕事や長年続けてきた趣味、またスマホや家電などの操作は、
複数の工程を瞬時に処理する「実行機能の塊」です。
そのため、若年性認知症の方や、記憶障害がまだ目立たない初期の段階で、
一番最初に違和感として表れやすい領域でもあります。
💡仕事で:
複数の業務を抱えるとフリーズし、優先順位がつけられない。
今まで数十分で終わっていたメール作成や資料作りに、何時間もかかるようになる。
💡趣味で:
編み物、プラモデル、将棋、園芸など、
手順や戦略が必要な趣味を突然やめてしまう
(本人は「飽きた」「面倒になった」と言うことが多い)。
💡機器操作で:
スマホのアプリ操作や、セルフレジ、ATMの画面の前でフリーズしてしまう。
テレビのリモコンや電子レンジなど、複数のボタンを順に押す操作ができなくなる。
家族や職場からは
「最近疲れているのかな」「うつっぽいのかも」「ただ飽きただけ」
と見過ごされがちですが、
背景には“情報の処理”が追いつかなくなっている状態が隠れています。
書類・支払い:始められない/途中で止まる
実行機能は「何を先にやるか」を決める力にも関わっています。
そのため、書類の整理や支払いのように
“抽象的で見通しが立ちにくい作業”ほど負担になりやすいです。
- 郵便物を開ける前で止まり、未開封のまま溜めてしまう
- 仕分けの基準が決められず、机の上で固まる
- 途中までやって中断し、そのまま再開できない
- 重要度の判断がつけられず、後回しが続く
「面倒くさがっている」ように見えても、
実際には “始め方が分からない”“手順が組めない” という負担が背景にあります。
時間管理:開始できない/終われない/切り替えられない
実行機能障害の特徴として、
「始める」「終える」「切り替える」ことが難しくなる傾向があります。
- 予定があっても準備に取りかかれず、直前で慌てる
- テレビや作業をやめられない(区切りがつけられない)
- 「今はこれ」「次はこれ」が整理できず、次の行動に移るのに時間がかかる
声をかけてもすぐに動けないのは、
反抗しているのではなく、頭の中で“次の行動に切り替える処理”に時間がかかっている場合があります。
「忘れた」より先に見える、“つまずき方”の特徴
実行機能障害では、
完全に何もできなくなる前に、次のような“つまずき方”が目立つようになります。
- 手順が多いと混乱する
- 同時に言われると固まる
- 途中で止まって再開できない
- 疲れやすく、避けるようになる(失敗回避)
この状態が続くと、
本人は「また失敗するかもしれない」「怒られたくない」という気持ちになり、
行動そのものが減ってしまうことがあります。
「意欲が落ちた」ように見えて、
実は“段取りの負担”が原因で動けなくなっているのです。
実行機能障害は、「忘れる」よりも、
段取りが組めない・手順が続かない・切り替えられない
という形で日常や仕事に表れやすい症状です。
次の章では、
混ざりやすい「記憶障害」「判断力低下」との違いを整理し、
何が起きているのかをさらにクリアにしていきます。
第3章|記憶障害・判断力低下とどう違う?(混ざるけれど切り分ける)
実行機能障害の話をすると、よく出てくるのが
「それって、物忘れ(記憶障害)とは違うの?」
「判断力低下と同じでは?」
という疑問です。
結論から言うと、 別の症状です。
ただし、同じ人の中でいっしょに起こることも多いため、見分けにくいのです。
ここでは、家族が日常で判断しやすいように、
「何が主役になっている困りごとなのか」を整理します。
❶ 記憶障害:いちばんの困りごとは「覚えられない/思い出せない」
記憶障害(特に新しいことが覚えにくい・最近のことを思い出せない)が中心になると、
- 予定を忘れる
- 同じ話を繰り返す
- さっきしたこと自体を忘れる
- 物をしまったこと/しまった場所を忘れる
- 薬を飲んだかどうか分からなくなる
といった形で現れやすくなります。
この場合の支え方は、 「記憶に頼らなくていい仕組み」を作ることです。
- 定位置
- メモ・掲示
- アラーム
- 一包化やカレンダー
- 家族の見守り
などが効きやすい領域です。
❷ 判断力低下:いちばんの困りごとは「選べない/危険を予測しにくい」
判断力低下が中心になると、
- 優先順位がつけられない
- 金銭管理が難しくなる
- 危険の予測が難しい(火、車道、詐欺など)
- 状況に合った選択ができない
- 「善悪」や「距離感」がずれる
といった形で現れやすくなります。
支え方の軸は、
危険を減らし、判断の負担を減らすことです。
- 選択肢を減らす
- 誘導する
- 安全策を先に整える(火、戸締まり、金融)
- 詐欺対策の導線を作る
などがポイントになります。
❸ 実行機能障害:いちばんの困りごとは「手順がつながらない/始められない/終われない」
実行機能障害が中心になると、
「何をすればいいか分かっているように見えるのに、進められない」
という形が目立ちます。
- 準備の順番が組めない
- 手順が途中で途切れる
- 切り替えられない
- 途中で止まって再開できない
- 最後までやり切れない(片付け・締めができない)
この場合の支え方は、
“段取りを外付けする”ことです。
- 1回に1つ(短い指示を順番に)
- 手順を分解する(チェックリスト)
- 迷うポイントを減らす(環境調整)
- ルーチン化する(同じ流れにする)
が効きやすくなります。
迷ったときは、「いま一番困っているのはどこか?」を見て整理すると分かりやすくなります。
- 記憶障害:
「やったこと/聞いたこと/置いたこと」そのものが抜ける(思い出せない) - 判断力低下:
「どちらを選ぶか」「危険かどうか」を決めにくい(選べない) - 実行機能障害:
「どう進めるか(手順)」がつながらず、始められない/終われない(段取りが組めない)
実際は「混ざる」ことが多い(だから支え方も組み合わせる)
現実には、認知症の方の困りごとは
一つの症状だけで説明できないことが多いです。
たとえば、
- 料理中に途中で止まる(実行機能)
+ 火を消したか忘れる(記憶)
- 財布を探す(記憶)
+ 探し方の段取りが組めず疲れる(実行機能)
- 支払いを後回し(実行機能)
+ 期限やルールを理解しにくい(判断)
というように、組み合わさって起こります。
だからこそ、
「これは何の症状だろう?」と決めつけるより、
今いちばん困っているポイントはどこかを見て、
そこから支え方を選ぶのが現実的です。
支え方の方向性がズレると、家族も本人もつらくなる
例えば、実行機能障害が強いのに、
- 「覚えて」と繰り返す
- 長い説明をする
- 一度にたくさん指示を出す
といった対応をすると、
本人はさらに混乱しやすくなります。
逆に、記憶障害が中心なのに
「段取りだけ整える」だけだと、 「そもそも忘れてしまう」問題が残ります。
次の章では、
こうした混乱を減らすために、
家族がついやってしまいがちな逆効果な関わりを整理し、
その後で「安心につながる支え方」を具体的に紹介します。
認知症の困りごとは、記憶障害・判断力低下・実行機能障害が重なって起こることも多く、「ひとつに決めつける」のは難しい場合があります。
だからこそ大切なのは、「いま一番困っているのは何か(忘れる?選べない?段取り?)」を見て、支え方の方向性を選ぶことです。
支え方がズレると、本人も家族もつらくなりやすいので、次の章では、ついしてしまいがちな逆効果になりやすい関わりを整理していきます。
第4章|逆効果になりやすい関わりと、家族の心を守る考え方
実行機能障害があると、
本人は「どう進めるか」が整理しにくく、頭の中が渋滞したような状態になりやすいものです。
そのため、家族が善意でかけた言葉や手助けが、かえって混乱や抵抗感を強めてしまうことがあります。
ここでは、よくある“逆効果になりやすい関わり”を整理します。
❶ 急かす・同時に指示を出す(情報量が多すぎて固まる)
「早くして」 「まず靴を履いて、鍵持って、バッグ持って、戸締まりして」
家族としては、スムーズに進めたい一心です。
ただ、実行機能障害があると、
“複数の手順を頭の中で並べて処理する”ことが負担になりやすく、
急かされた瞬間に次のようなことが起こります。
- 何からやればいいか分からない
- 順番が抜ける
- 混乱して止まる
結果として家族はさらに焦り、声が強くなり、本人はさらに固まる……
という悪循環になりがちです。
❷ 長い説明・正論・問い詰め(“整理する力”が追いつかない)
「前にも言ったよね」 「普通こうするでしょ」 「なんでできないの?」
こうした言葉は、本人にとって
「どこが問題なのか整理できない」
「言われた内容を処理しきれない」
という状況を生み、責められた感情だけが残ってしまいます。
実行機能障害の場面では、
“正しい説明”が届かないというより、
説明を受け取って整理する脳の余力が足りないことが少なくありません。
❸「できてたのに」「前はできたのに」と言う(自尊心が傷つく)
実行機能障害は、本人にとっても苦しい変化です。
本人なりに「うまくできない」ことを感じていることも少なくありません。
そこに「前はできたのに」「なんで急にできなくなったの」と言われると、
本人は恥ずかしさや情けなさを感じ、
「もうやりたくない」と避ける/拒否する方向に進むことがあります。
“できないところ”を指摘するほど、挑戦する力が削られてしまうのが難しい点です。
❹ 全部やってしまう(早いけれど、長い目で苦しくなる)
家族が忙しいときほど、
「私がやったほうが早い」「危ないから触らないで」と、
本人の作業を全部引き取ってしまうことがあります。
もちろん安全確保は必要ですが、
何でも取り上げる形が続くと、
本人は役割を失い、自信がなくなり、ますます動けなくなります。
結果として家族の負担が増え、
「全部やらないと回らない」状態に近づいてしまいます。
❺ “いつも通り”を求めすぎる(負荷が高すぎて崩れる)
実行機能障害のある方にとって、
予定変更、急な来客、急かされる環境は、非常に負荷が高い状態です。
- いつもと違う流れ(予定が変わる)
- 物の配置が変わる
- 音や刺激が多い
こうした変化は、段取りの負担を一気に上げてしまいます。
「特別なことはしていないのに、
今日は全然できない」という日が起こりうるのは、このためです。
【家族へのフォロー】つい怒ってしまうのは「あなたのせい」ではありません
ここまで読んで、
「あぁ、全部やってしまっている」「昨日もキツく怒ってしまった」
とご自身を責めている方もいるかもしれません。
でも、ついイライラして怒ってしまうのは、
家族の愛情や忍耐が足りないからではありません。
実行機能障害は、
「体は元気そうに見える」「会話も普通にできる」のに、なぜか簡単な段取りができない、
というギャップが大きい症状です。
そのため、家族の脳が「わざとやっているのでは」「サボっているだけだ」と錯覚しやすくなります。
イライラするのは、人間の自然な反応なのです。
ここで大切なマインドセットがあります。
それは、「人」ではなく「環境」のせいにすることです。
「私がイライラを我慢しなきゃ」「もっと優しくしなきゃ」
と精神論で乗り切ろうとすると、家族は必ず限界を迎えます。
うまくいかなかったときは、
自分や本人を責めるのではなく、
「環境や仕組みが合っていなかったんだな」と考えてみてください。
「今日は情報の負荷が高すぎたな」
「この声かけだと迷いやすいんだな」
そうやって「仕組み」に目を向けることが、
家族自身の心を守り、悪循環を断ち切る第一歩になります。
逆効果になりやすい関わりの共通点は、
「情報が多すぎる」「責められている」「急な変化」など、本人の脳にかかる負荷が増えていることです。
うまくいかなくて怒ってしまうのは、家族のせいではありません。
「我慢」ではなく「仕組み」で解決していく具体的な方法を、次の章で見ていきましょう。
第5章|家族ができる支え方:段取りを「外付け」するコツ
― 迷わずに進められる“仕組み”を先に整える ―
実行機能障害があると、
本人は「何をすればいいか分からない」「手順がつながらない」状態になりやすく、
頑張ろうとしても途中で止まったり、切り替えられなくなったりします。
だからこそ支え方のポイントは、
本人に段取りを“作らせる”のではなく、
段取りを「外付け」して、迷いを減らすことです。
ここでは、無理なく取り入れやすい5つのコツを整理します。
❶「1回に1つ」:指示は短く、順番に
同時に複数の情報を処理するのが負担になりやすいため、
声かけは「短く」「具体的に」「1回に1つ」が基本になります。
- ×「手を洗って、席に座って、薬飲んで」
- ○「まず手を洗おう」→(できたら)「次は席に座ろう」→(できたら)「薬を飲もう」
“できたら次”の形にすると、処理する情報が減り、本人も家族もラクになります。
❷ 手順を「分解」して見える化する(チェックリスト・ラベル)
手順を頭の中ではなく、紙に出す(外付けする)ことは非常に強力な支援です。
💡チェックリスト:
朝の支度など、困りやすい場面を
「1.顔を洗う 2.着替える 3.朝ごはん 4.薬」などシンプルな箇条書きにする。
💡ラベル:
「鍵」「財布」「マスク」など物の定位置にラベルを貼る。
“探さなくていい”だけで、段取りの負担が大きく下がります。
❸ 【現代の工夫】デジタルツールに「外付け」する
最近は、スマホやスマートスピーカーなどのテクノロジーが、家族の負担を大きく減らしてくれる強力な味方になります。
💡スマートスピーカー(AIアシスタント):
「時間になったら『お薬の時間です』と喋る」よう設定する。
機械からのフラットな声かけのほうが、
家族から言われるより素直に受け入れられるケースも多いです。
💡探し物トラッカー(スマートタグ):
鍵や財布につけておく。
「どこにあるか探す」という複雑な段取りをスマホが代行してくれます。
💡共有カレンダー:
家族間でスマホの予定を共有し、「言った・言わない」の混乱を防ぎます。
❹ 環境を整え、“流れ”を固定する(ルーチン化)
その場で毎回「段取りを作る」負担を減らすため、
毎日同じ流れで動けるように(ルーチン化)します。
💡選択肢を減らす:
いつも着る服のセットを作っておく。買う物を固定する。
💡流れを固定する:
「食後 → 歯みがき → お茶 → ひと休み」など、
終わりの区切りを作ると、次の行動へ切り替えやすくなります。
❺ 体で覚えていること(手続き記憶)を活かし、成功体験を守る
何もかも家族がやってしまうと、
本人の「できる感覚」が失われ、自信や意欲の低下につながります。
そこで重要になるのが、
昔から繰り返してきた「手続き記憶(体に染み付いている動作)」を活かすことです。
実行機能(新しく段取りを組む力)が落ちていても、
「包丁で野菜を刻む」「洗濯物をたたむ」「ほうきで掃く」といった、
長年やってきた単一の動作は、驚くほどしっかり保たれていることがよくあります。
「献立を考えて料理を完成させる」ことは難しくても、
「これ、切っておいてくれる?」と一つの役割をお願いすることはできます。
完璧さよりも、
「できた」「役に立てた」という成功体験を守ることが、
本人の安心と自尊心につながります。
第6章|医療・介護につなぐ目安(家族が倒れる前に)
実行機能障害は、
日常の工夫でラクになることも多い一方で、
「毎日の段取り」を支え続けるため、ご家族の疲労が積み重なりやすい症状でもあります。
「様子を見る」から「相談する」へ切り替える目安を整理します。
医療や介護を入れることは、
「家族の負け」や「悪化」ではなく、
本人と家族が安全に暮らし続けるための前向きな調整です。
❶ 生活が回らない/安全面に影響が出てきたとき
次のような状況が増えてきたら、早めに相談を検討しましょう。
💡服薬管理が回らない:
「どれをいつ飲むか」の段取りが組めず、飲み忘れや飲みすぎが起きる。
💡安全が保てない:
火の不始末、戸締まりの忘れ、金銭管理のトラブル(詐欺など)。
💡生活範囲が狭くなる:
外出の準備ができず引きこもりがちになる、食事が極端に偏る。
特に服薬は複数の力(記憶・判断・段取り)が必要で、
命に関わるため、早めの支援(訪問看護や一包化など)が有効です。
❷ 急な悪化があるとき(体調不良や薬の影響の可能性)
実行機能障害は“少しずつ”進むことが多いですが、
ここ数日〜1週間で
「急に何もできなくなった」「急に怒りっぽくなった」という場合は、
脱水、便秘、感染症、睡眠不足、または薬の影響(せん妄)など、
別の要因が隠れている可能性があります。
「急におかしい」は、早めに医療へ相談してください。
❸ 【最重要サイン】家族が限界を迎える前に「離れる」選択を
以下の状態が出ているなら、すぐに外部へ相談する明確なサインです。
- 介護者が眠れない、食欲が落ちた
- イライラして強く言ってしまう、怒鳴り返してしまう
- 「もう無理」「顔も見たくない」と思う瞬間が増えた
ここで知っておいていただきたいのが、
「レスパイト(休息)ケア」という考え方です。
デイサービスやショートステイ(短期入所)などを利用し、
物理的に本人と離れる時間を持つことは、介護において必須の戦略です。
家族が倒れてしまえば、暮らし自体が維持できません。
「プロに任せて自分は休む」ことは、見捨てているのではなく、
「明日も優しく接するためのエネルギーを充電する立派な介護」です。
❹ 相談先と、伝えるべきポイント
状況に合わせて、以下の順で相談窓口を頼りましょう。
- 地域包括支援センター: まだ介護保険を使っていない場合の最初の総合窓口。
- ケアマネジャー: デイサービスやショートステイなど、レスパイトケアの調整。
- かかりつけ医/認知症外来: 体調要因や薬の影響の評価。
【相談時にメモして伝えるとよいこと】
- いつ頃から、どんな“段取りの崩れ”で一番困っているか(料理、服薬など)
- うまくいく工夫/逆に悪化する対応(例:急かすとフリーズする)
- 介護者(あなた)自身の疲労の度合い(眠れているか、イライラが限界か)
まとめ|「段取りができない」は“やる気”ではなく、脳の変化のサイン
「計画→開始→順番→切り替え→終える」
という“段取りの力”が弱くなる実行機能障害。
本人が一番戸惑っていることも多く、決して怠けや性格の問題ではありません。
家族が「どうしてできないの」と正論で詰めたり、急かしたりするほど、混乱は深まってしまいます。
だからこそ、本人に思い出してもらうのではなく、
デジタルツールやチェックリストを使って段取りを「外付け」し、
迷わない環境を作ることが最大の支援になります。
そして何より、「うまくいく日も、いかない日もある」のが自然です。
ご家族だけで抱え込まず、
プロの手やテクノロジー、休息(レスパイト)という仕組みをフル活用しながら、
ご自身の心と体を一番大切に守ってください。
それが結果として、ご本人の穏やかな暮らしにつながっていきます。
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