音楽と脳の不思議な関係 〜「感動」を生み出す8つの仕組み〜

日々の生活の中で、なんとなく心が疲れている、ストレスが溜まっていると感じることはありませんか?
そんな時は、音楽の力を借りてみるのがおすすめです。
音楽には人の心を癒すだけでなく、自律神経系や免疫系、ホルモン系に直接働きかける効果があることが、近年の研究で分かってきています。
本記事では、音楽が私たちの脳と心に働きかける不思議なメカニズムと、その具体的な健康効果について解説します。
音楽が感動を生み出す脳の仕組み
好きな音楽を聴いて自然と涙がこぼれたり、胸が熱くなったりした経験は誰にでもあるでしょう。
音楽が耳から入って脳に伝わると、ひとつの場所だけでなく、複数の脳領域が同時に刺激されます。
リズムは運動野、メロディは聴覚野、そして感情に深く関わる扁桃体や前頭前野などが一斉に活性化するのです。
心理学者のJuslinらは、音楽が私たちの感情を引き起こす仕組みを「8つのメカニズム(BRECVEMAモデル)」として提唱しています。

心理学者のJuslinらは、音楽が私たちの感情を引き起こす仕組みを「8つのメカニズム(BRECVEMAモデル)」として提唱しています。
- 脳幹反射:大きな音やテンポの変化に、体が反射的に反応する
- リズムの同調:音楽のリズムに心拍や呼吸、体の動きが自然にシンクロする
- 評価的条件付け:ある曲と過去のポジティブな体験が無意識に結びつく
- 情動伝染:曲の持つ明るさや切なさが、聴く人の感情に伝染する
- 視覚イメージ:音楽から美しい情景や景色を思い浮かべる
- エピソード記憶:音楽をきっかけに、過去の大切な思い出がよみがえる
- 音楽的期待:メロディや展開の予測が裏切られたり、期待通りになったりして感情が動く
- 美的判断:「なんて美しい曲なんだろう」という知的な評価から感動が生まれる
サビに向けて盛り上がり、「ここ!」というタイミングで期待通りのメロディが来た瞬間、脳の報酬系が強く刺激されて「ドーパミン」が爆発的に分泌されます。
鳥肌が立つのはまさにこの瞬間です。
また、合唱などで複数人と一緒に歌い、呼吸が同調していくと、脳内で「オキシトシン(絆のホルモン)」が分泌され、強い安心感や幸福感に包まれます。
感情や曲調によって変わる身体への影響
音楽は感情に影響を与えるだけでなく、心拍数や呼吸数などの生体反応にも直接的な変化をもたらします。
音の処理を行う聴覚野が、感情に関連する扁桃体にも情報を伝えるためです。
- 悲しい曲(バーバー『弦楽のためのアダージョ』など):
心拍数、血圧、皮膚伝導に大きな変化を引き起こします。 - 楽しい曲(ビバルディ『四季』春など):
呼吸数に最大の変化を引き起こします。 - 恐ろしい曲(ムソルグスキー『禿げ山の一夜』など):
血流速度の顕著な変化を引き起こします。
これらの反応は学習によるものだけではなく、生来備わっているメカニズムです。
生後4か月の赤ちゃんであっても、すでに音楽が心拍や呼吸に影響を与えることが分かっています。
さらに、新生児集中治療室(NICU)の未熟児272名を対象とした実験では、適正な音楽を聴かせることで心臓や呼吸の機能が安定し、授乳行動が改善、覚醒時間が延びるといった効果が報告されています。
悲しい音楽が「孤独」を癒すパラドックス
嫌なことがあった時や孤独を感じている時に、あえて「悲しい曲」を聴きたくなることはありませんか?
実は、悲しい音楽には孤独感を癒す効果があることが判明しています。
ベルリン自由大学の研究チームが世界各地の772人を対象に行った調査によると、悲しい音楽を聴くことで「気持ちが慰められて安心する」「ネガティブな感情が和らぐ」といったポジティブな効果が得られることが分かりました。
音楽が自分の気持ちを代弁してくれているように感じられ、深く共感されている感覚に包まれるためだと考えられています。
医療や介護の現場でも活躍する「音楽の力」
こうした音楽の力は、医療や介護の現場でも実際に活用されています。
認知症で普段はほとんど会話をしない方が、学生時代の校歌を流すと自然に歌い始めたり、なじみのある曲を聴くことで介護への拒否や不安が和らいだりするケースは数多く報告されています。
また、脳血管障害後に起こる半側空間無視(片側の空間に注意が向かなくなる症状)が、音楽刺激によって改善したという報告もあります。
「最近の出来事は忘れてしまうのに、なぜ昔の歌は歌えるのか」と不思議に思われるかもしれません。
最新の脳科学では、アルツハイマー型認知症などで一般的な記憶をつかさどる「海馬」がダメージを受けても、音楽の記憶に関わる脳のネットワークはダメージを受けにくく、最後まで保たれやすいことが分かっています。
日常に音楽を取り入れて、心と脳に栄養を
仕事や家事で考えすぎてしまい脳が疲労している時は、何も考えずに音楽に身を委ねてみるのが一番の処方箋です(脳の疲労や考えすぎの整え方については『“考えすぎ脳”を静めるスイッチはどこにある? 脳と体から紐解くDMNのやさしい整え方』もご参照ください)。
気分が落ち込みやすい時やなんとなく疲れている日は、「子どもの頃によく聴いた曲」や「旅先で聴いた思い出の曲」をじっくり聴いてみてください。
過去の良い記憶とともに、脳内の“幸せホルモン”がじんわり広がっていくのを感じられるはずです。
今日も心地よい音楽とともに、健やかな一日をお過ごしください。
あわせて読みたい関連記事
音楽を聴くこと以外にも、脳の疲労をとり、心身を整えるための様々なアプローチを過去記事で紹介しています。
ぜひこちらも参考にしてみてください。
- 脳の疲労や「考えすぎ」をリセットしたい方へ
『💭 “考えすぎ脳”を静めるスイッチはどこにある? 脳と体から紐解くDMNのやさしい整え方』 - 感情や脳疲労の回復メカニズムを知りたい方へ
『ノンレム睡眠とレム睡眠の違いとは?記憶・感情・脳疲労回復のしくみをやさしく解説』 - 脳細胞を育てて記憶力を保ちたい方へ
『なぜ歩くだけで記憶力が戻る?50代から脳細胞を育てる「BDNF」の科学』
参考文献
- The effects of music therapy on vital signs, feeding, and sleep in premature infants. (NICUにおける未熟児への音楽療法がバイタルサイン、授乳、睡眠に与える影響についての研究)
- The Paradox of Music-Evoked Sadness: An Online Survey / THE POSITIVE EMOTIONAL IMPACT OF SAD MUSIC (ベルリン自由大学 Liila Taruffi博士・Stephan Koelsch博士による、悲しい音楽がもたらすポジティブな感情効果と孤独感の癒しに関する調査)
- Juslin, P. N. らの研究(BRECVEMAモデル) (音楽が人間の感情を引き起こす「8つのメカニズム」に関する心理学および脳科学的知見)
- Krumhansl, C. L. (1997). “An exploratory study of musical emotions and psychophysiology.” Canadian Journal of Experimental Psychology, 51(4), 336–353. (キャロル・クラムハンスル博士による、音楽が喚起する感情と精神生理学に関する探索的研究。悲しみ、幸福、恐怖の各楽曲が心拍数、呼吸数、血流などの自律神経系に特異的な変化をもたらすことを実証した代表的な論文)

