暴言・暴力
原因疾患
前頭側頭葉型認知症
前頭側頭葉型認知症は、徐々に脳の一部である「前頭葉」や「側頭葉前方」の神経細胞が減って萎縮してくる病気です。
脳の中で、前頭葉は「人格・社会性・言語」を、側頭葉は「記憶・聴覚・言語」を主につかさどっています。
そのため、前頭側頭葉型認知症を発症すると、これらが正常に機能しなくなるため「本能の赴くままに行動」するため、他のタイプの認知症の方よりも興奮による暴言や暴力が多くなります。
病前は穏やかな人であったとしても、この病気になると自分の思い通りにならないと暴言・暴力をふるう、社会性に反した行動をとることがあり、人格の変化から病気に気づくということもよくあります。
レビー小体型認知症
レビー小体と呼ばれるタンパク質が脳の特定部位に蓄積して生じる認知症です。
この認知症は、幻視・幻覚・妄想が生じやすい病気です。
よりリアルな物や人物が見えるため、それらに対して恐怖を感じて感情が高ぶり、暴言が出やすいのです。
脳血管性認知症
認知症の種類の中でも2番目に発症割合の高いもので、脳梗塞や脳出血といった脳血管障害で発症した認知症です。
障害が発生した部位が感情のコントロールを行う前頭葉の場合、怒りや悲しみが現れやすく、自分の感情をうまく制御できず、イライラしやすくなり、暴言・暴力につながりやすくなります。
アルツハイマー型認知症
認知症の種類で最も発症割合の高い認知症です。
アミロイドβとタウタンパクと呼ばれる異常なタンパク質の蓄積が原因で発症します。
異常なタンパク質の蓄積により神経細胞が障害され、理解力や判断力の低下、感情コントロールの低下を生じ、暴言症状が現れます。
アルツハイマー型認知症では症状が進行した際に暴言を発しやすく、身近な人に現れやすいという特徴があります。
また、睡眠障害を併発しやすいため、その影響から暴言に発展する方も少なくありません。
暴言・暴力のきっかけ
認知症になったからといってすべての人に暴言や暴力といった症状が出るわけではありません。
では、どうして認知症の方が暴言・暴力に至ってしまうのでしょうか?
実は、認知症の人が暴言を吐いたり、暴力をふるったりする要因にはさまざまなものがあります。
きっかけとなる原因は一つかもしれませんが、複数の要因が運悪く重なってしまった結果、暴言や暴力に至ることがほとんどです。
つまり、暴言や暴力につながる要因を推測し、そのどれかがうまく解消できれば、このような悲劇が生じる可能性をぐっと下げることができます。
不安を感じ、混乱している
認知症の人は現状やこれから起こることをうまく理解できず、いったん理解したとしても忘れてしまいます。
そのため、常に不安や混乱と隣り合わせです。
私たちでも、なぜそこにいるのか、その人は誰か、これから何が起こるのかわからならければ、心細いのではないでしょうか?
認知症の方はそういったことから不安や混乱に陥った結果、自分の身を守るために本人としては仕方なく暴言を発していることもあるのです。
感情のコントロールがうまくいかない
認知症の人の中には、感情のコントロールが難しくなる方が多くいらっしゃいます。
特に感情を抑制し冷静な思考や行動を行う大脳の前頭葉という部分が萎縮してくると
ご本人の意思や性格に関係なく、恐怖や不安、怒りで興奮してしまいます。
そして、いったん生じた感情の暴走は容易には収まりません。
ご本人が感情的になっているとき、「落ち着いて」と声をかけても、かえってパニックになって状況が悪化するだけになってしまいます。
周囲の感情の影響
認知症の人は脳の機能低下によって論理的な理解が難しくなってしまうことがありますが、
その一方で感受性は想像以上に高く、周囲の人の感情や反応を何となく理解するのが得意な傾向にあります。
そのため、その場で起こっていることを、身近で頼りになる人の表情や態度で理解します。
ただし、その感情がどのような理由のものなのか、誰に対するものなのかまでの理解は難しいのです。
その結果、暴言に近い言葉が出てしまうことがあります。
たとえば、家族の方が認知症の方の行動に対して落ち込んだとします。
そうすると認知症の方は家族の「マイナスの感情」を受け取り、自分自身も不安な気持ちになってしまいます。
その結果、それがきっかけとなって急に暴れ出したり、「辛気臭い顔するなら出ていけ」と暴言を発したりしてしまうのです。
自尊心が傷つけられた
論理的な判断は難しいものの感受性は高いことが多いのが認知症の方の特徴です。
また、自尊心や羞恥心などの精神的な部分はしっかり残っています。
誰でも自尊心が傷つけられれば怒り、悲しみを覚えるでしょう。
認知症の方は、自分が認知症であるという病識はない場合でも、自分がいろいろできなくなってきていることを自覚しています。
そのため、試されるような言動や、のけ者、はれもの扱いされるような自尊心が傷つけられる場面には過敏に反応してしまいます。
ときには、こちらにはそういう意図がない場合、たとえば、「そんなことするのは危ないよ」と声をかけただけなのに「年寄りだからってバカにするな!」と怒鳴ることがあります。
これは、認知症の方が自身の運動能力の低下は自覚しているものの、理解力の低下や理性が抑えられないことが理由で、「自分のことを否定された」と感じてしまうことで起こってきています。
体調や気分がすぐれない
認知症になると自分の置かれている状況や気持ちの表現が難しくなります。
そのため、認知症の方は自分の痛みや体の不調を正確に理解し、周囲に伝えることが難しくなり、暴言につながる場合があります。
たとえば、私たちは傷んだものを食べてしまったことを頭で理解できれば、腹痛に耐えることも、医者にかかるなど状況を改善する手段をとることもできます。
それがうまくできない認知症の人にとって、痛みや体調不良は想像以上にストレスを感じるものです。
場合によっては、「なぜお腹が痛いのだろう」「もしかしたら毒を盛られたのかもしれない」と妄想し始め、「お前が毒を持ったのだろう」と暴言を発してしまうことがあります。
また、病院に連れて行こうとして「どこに連れて行くんだ!やめろ!」と暴れてしまうこともあり得ます。
認知症の方が暴言・暴力に至る原因についてお伝えしてきました。
介護をする側も人間なので、暴言・暴力にさらされると心が折れそうになることもあるかと思います。
自分の身体と心を守ることを第一にしながら、ご本人が落ち着いているときに不安な気持ちに寄り添ってあげるようにしましょう。
暴言・暴力を減らすために
本人の意思を尊重し、否定しないようにする
本人の気持ちに寄り添い、意思を尊重しましょう。
ご本人のためを思って行っていることであったとしてもやりたいと思っていることをとめたり、嫌がっていることを無理にさせたりすることはご本人にとって大きなストレスになり、暴言や暴力につながります。
ご本人や周囲に危険が及ぶ状況でもない限り、なるべくそっと見守ってあげるようにしましょう。
過剰に心配し本人に代わって何でもやってしまうこともなるべく避けた方がいいでしょう。自尊心を傷つけてしまう恐れがあります。
また、本人自身、いつも不安や恐怖を感じながら何とか今の状態を自分なりに理解しようとしています。そのため、日頃から本人の言動を否定しないということが大切です。
本人が忘れてしまっているだけの事実であったとしても、本人の記憶になければそれは本人にとっての事実ではないのです。
同じように本人が思ったことは本人にとっての絶対的な事実です。
否定感を与える「でも」「だけど」などの表現も避けるようにして、本人の判断が間違っていても否定しないようにしましょう。
本人の自尊心を大切にする
自尊心を傷つけられると誰でも嫌な思いをして怒りを感じますが、それは認知症になっても同じことですので本人の自尊心を大切にしましょう。
もの忘れがある人であっても感情の記憶だけは残っているということは少なくありません。
具体的なことは忘れてしまったとしても嫌な思いをしたという記憶だけが残り、本人のイライラの原因となってしまいます。
認知症の症状の進行に伴って、周りから注意されることや制止されることが増えてしまいますが、なるべく「大丈夫?」などの過剰な声掛けは控え、できることは本人に任せてあくまでも陰からサポートする方針で対応し、本人の気持ちや自尊心を大切にしてください。
不安や混乱に陥らないようにする
認知症になると状況を理解することが難しくなります。そのため、本人が不安になったり、混乱したりして、その結果、暴言や暴力へつながる場合があります。
そうならないための対策としては、現在どのような状態や立場に置かれているか、今後どうしたら良いかなどの情報を本人へわかりやすく伝達することが大切です。
一度説明しただけでは大事なことを忘れてしまう可能性があるので、できるだけ何度も繰り返して丁寧に本人へ伝えるようにしましょう。メモを使うと効果的な場合もあります。
本人と介護者、それぞれの感情を大切にする
介護する側は認知症の方への対応に手いっぱいになって介護者自身の感情については後回しになってしまうということが起こりがちです。しかし、認知症の方の感情を大切にするのと同じように介護者自身の感情も大切にすることが重要です。
認知症のかたというのは意外に周りの方の感情に敏感です。介護者が抱いている感情を、態度や表情などからご本人が敏感に察してしまいます。
そのため、介護者がマイナスの感情を持つと、本人にもマイナスの感情が連鎖して悪感情が投げ返されるというケースが少なくありません。
特に、介護者の疲労感や不安・イライラは知らないうちに大きなストレスになってきます。まずは自分の感情に目を向けて、定期的に気分転換をはかるようにしましょう。
介護者に気持ちの余裕が生まれると、本人の感情を大切に寄り添いながら対応できるようになります。
関わり方・コミュニケーション方法を工夫する
認知症の方との関わり方をどのようにすれば良いのかをよく考えてコミュニケーション方法を工夫しましょう。
何かをしてもらう場合にも力で抑えこむといった無理強いするようなやり方は、反発を招いてしまいます。
認知症のかたに恐怖心や不安を抱かせないよう十分に注意が必要です。
それには先ほども述べたように、本人を尊重すること、できることは本人に任せることが大切です。
また、適度なスキンシップは本人に安心感を与えるので、優しく体をさすったり手を当てたりすると良いでしょう。
そして置かれている状況やこれから何をするのかなど、本人が理解できるようにコミュニケーション方法を工夫してわかりやすく説明することも重要です。一度伝えたことでも忘れてしまうことがあるので頻繁に声かけをしましょう。
ケアをする際に突然体に触れたり、介護者がイライラしながら接したりすると恐怖心や不安を感じ、暴力的な態度をとってしまうことがあります。介護するときは感情的にならず、丁寧に今から何をするのかなどわかりやすく話しかけることを心掛けましょう。
暴言・暴力への対処法
注意をそらす
暴力は無理にとめるのではなく、ほかのことに関心が向くと自然に収まることがあります。
例えば、テレビをつけたり、好きな音楽をかけたり、かわいがっている孫の写真を見せたりなどするのも良いでしょう。編み物やパズルなど、日頃から没頭できる趣味を促すのも効果的です。
また、介護者が付き添って散歩に出てみると、気分が変わって落ち着いてもらえます。
興奮している原因から注意をそらす手段を見つけておくと、いざというときに役立ちます。
心理的・物理的な距離を置く
必死に介護を続けてきたにも関わらず、暴言を浴びせられたり、暴力をふるわれたりすると、相手が認知症で仕方がないと頭ではわかっていても、すべてを投げ出したくなることもあるでしょう。
そんなときは状況が許すなら、物理的、心理的な距離を置くという選択肢を考えてみてください。
とはいっても、相手が大切な家族となると、そう簡単に決断できないかもしれません。
しかし、そのまま暴言や暴力を浴びせられていると、介護する側が心身ともに疲弊してしまいます。
ほかに介護を任せられる人がいるなら、思い切って少しだけ介護から離れてみることが大事です。
ショートステイを利用したり、場合によっては施設への入所や暴言・暴力の程度によっては精神病院への入院も検討した方がいいかもしれません。
認知症の方による暴言・暴力は家族に出やすいという特徴があります。
限界まで頑張って、介護者の方が心身の不調をきたしてしまっては、介護どころの話ではなくなってしまいます。
そうなる前に専門の方に介護をお任せする選択をする勇気を持ちましょう。
薬を使う
まず、薬を服用する前に、身体的不調(感染症、痛み、便秘など)が不機嫌や暴言、暴力の原因となることがあるので、かかりつけ医の先生の診察を受けるようにしましょう。
その後、ケアなどの工夫で暴言や暴力が改善しない場合に薬の使用を検討します。
目線を本人に合わせて話を聞くだけでも認知症の方は安心でき、症状が和らぐこともあります。